忘れてほしくない―あまりにも早くこの世を去った名優たち
命あるものには必ず死というものは訪れるものですが、まだまだこれからというときに衝撃の死を遂げてしまう才能ある人たち…あまりにも早くこの世を去ってしまった名優たちに注目してみました。
ジェームズ・ディーン
(1931-1955)
50年代のハリウッド映画史を代表する名優ジェームズ・ディーンは彗星のごとくハリウッド史に現れ、交通事故により24歳という若さでこの世を去りました。『エデンの東』で脚光を浴び、その後『理由なき反抗』『ジャイアンツ』に出演し人気を博しました。
ブルース・リー
(1940-1973)
映画『燃えよドラゴン』や『死亡遊戯』などで知られる伝説のアクションスター、ブルース・リー。『燃えよドラゴン』で世界的に知名度が上がるも、その時はすでに亡くなっていました。死後、『ドラゴン危機一髪』『ドラゴン怒りの鉄拳』などの過去の作品が世界中に配給されるようになりました。32に歳でこの世を去ったブルース・リーの死因についてはさまざまな説が語られていますが、結局は謎に包まれたままに。今もなお世界中に多くのファンを持つ、カリスマ的な武道家です。
マリリン・モンロー
(1926-1962)
20世紀を代表するセックス・シンボルとして知られるマリリン・モンロー。1951年の「イヴの総て」に出演し注目を集め、その後ハリウッド映画界を代表する大スターとなりました。36歳という若さで、自宅で不審な死を遂げ、睡眠薬の過剰摂取による自殺と発表されましたが、他殺説なども浮上しており、その死の真相ははっきりとはしていません。
ヒース・レジャー
(1979-2008)
2005年の『ブローク・バックマウンテン』での演技が絶賛され、アカデミー主演男優賞にノミネート、一躍実力派若手俳優として注目されるようになりました。しかし何といっても、ヒース・レジャーといえば『ダークナイト』でのジョーカー役で魅せた神がかり的な演技です。公開を待たずして、28歳の若さで他界しました。薬の併用摂取による急性薬物中毒による事故死でした。
フィリップ・シーモア・ホフマン
(1967-2014)
フィリップ・シーモア・ホフマンの代表作は何と言っても映画『カポーティ』です。この作品でアカデミー主演男優賞をはじめ、数々の賞を受賞しました。また。『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』、『ダウと-あるカトリック学校で』ではアカデミー助演男優賞にノミネート、『ザ・マスター』ではヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞しました。その一方で薬物やアルコール依存症に苦しみ、治療を何度か受けていたものの、2014年にヘロインなど薬物の過剰摂取により他界。46歳でした。
ブリタニー・マーフィ
(1977-2009)
9歳から子役として活躍していたブリタニー・マーフィーは映画『17歳のカルテ』、『8 Mile』の出演で知名度が高まりました。また『ラーメンガール』で日本の俳優・西田敏行とも共演しています。ブリタニーは2009年、ブリタニーは自宅のシャワー室で倒れているところを母親に発見され病院に搬送されましたが、心不全で死亡。32歳という若さでした。
ポール・ウォーカー
(1973-2013)
ポール・ウォーカーといえば映画『ワイルド・スピード』シリーズです。この作品の大ヒットで世界的に知られる俳優となりました。大の車好きでも知られるポール・ウォーカーですが、皮肉なことに車の衝突事故で40歳で他界。『ワイルド・スピード』シリーズの最新作の撮影が進行している最中のことでした。
参照元:famous actors that died too young
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